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SUTERO

捨てれば空きができる。増やせられるということ

結婚式に参加するということ

姉の結婚が決まった。近年、アラサーと呼ばれる年代に入り、焦りが見え始めていただけに、結婚が決まったことをとても嬉しそうに報告をしてきた。相手は年上の男性で、自分は知らなかったが交際一年を経てのゴールインということだそうだ。

連絡は簡素なもので、今時の「LINE」。正月や盆に報告をすればいいものの…と思ったのだが、舞い上がってすぐに連絡したかったようだ。すでに結婚式の日程を決める段階まで進んでおり、ウキウキとした気持ちが文面に現れている。姉の連絡に、純粋な気持ちでの祝福を送った後、ふと、「結婚式か……めんどくさいな」と思った。

 結婚式が嫌いという私

Ashley + Ryan | Jealousy

そもそも、私は結婚式が嫌いだ。

時間は長いし、参加はほぼ強制で欠席は認められない。地域によって差はあるが、祝儀を万単位で包む事が多く、新郎新婦から余興を頼まれればほとんどの場合タダ働きを強いられる。その癖、新郎新婦が選んだ無駄に洒落た美味しくもない料理、見た目だけのウエディングケーキ、飲みつぶれてはいけないという制約のある飲酒、欲しくもない外国製の食器や、味ではなく箱だけが無駄に凝った洋菓子の入った引き出物など……自分が支払った時間と費用に対する見返りが無さすぎる。

そんな事を大きな声で言って仕舞えば「友達の結婚式なんだから、見返りを求めるな!」だとか、「なら欠席しなけりゃいいじゃん」だとか、「2人を祝う気持ちは無いの?最低」だとかいう連中が出てくる。そういった人達に、是非とも問いたいのだが、「何故祝儀を払う必要があるのか」と。

年に数回、この歳になると2ヶ月に1回は結婚式に参列する。それに支払う祝儀も、馬鹿にならないのだ。だというのに、正当な理由が無いのに断れば後ろ指を指され、暗黙の了解があるかの如く、祝儀を持って来させる。もちろん、受付で渡さなければ非難殺到だ。招待した方が、直接金銭を要求しているわけでは無いが、そうせざる負えない「常識」のようなものが出来上がっている。その「常識」が世間的にここまで根付いているのならば、結婚式の参加願いというのは一種の脅迫といってもいいのでは無いだろうか?結婚式の参加をお願いしてくる人の言葉の裏には『結婚式参加してね?もちろん、祝儀は三万円(地方による)で!あ、私(俺)に恥をかかせないような格好で来てね。断ったら分かってるよね?正当な理由がなければ一生許さないから!』という思惑がある訳だ。うん、これはどう考えても脅迫としか思えない。

北海道式を私は押したい

Payment

海外でいう「(ホーム)パーティー」というのは、ホスト(主催者)がもてなしをするのが一般的で、それにかかる費用を賄うのはホストのようだ。もちろん、手土産を持参する必要があるが、金銭のやり取りが無い分、互いに気持ちの良いモノだ。

※参考 アメリカのホームパーティで忘れてはいけないマナー、エチケット | アメリカ単身赴任でウハウハ暮らし!駐在員が海外赴任を10倍楽しむ方法

それと同様に、結婚式でも「モノを送る」というのが多いそうだ。モノの金額の相場は分からないのだが、日本式の祝儀よりかは安く済みそうだ。また、金銭を送るケースもあるそうだが、相場は日本よりも安いらしい。ドイツに限って言えば、金銭のやり取りは無いとのことだ。本当に羨ましい。

海外の事を理由に出すと、「それは海外だからだろう?」と思われる。近年、政治や経済、一般生活からして海外の良い面を見るだけで悪い面を見ない(表現しない)事を私も問題視している。恐らく海外の挙式にも私が知らない「常識」というヤツがあるのかもしれない。

では、「北海道式」はどうだろうか。私は北海道の結婚式での常識を聞いた時衝撃を受けた。

・北海道の挙式は会員制

・披露宴にのみ会費がかかる

・具体的には13000〜17000円程度

・祝儀袋は必要ない

・もちろん、別で祝儀やプレゼントは渡しても可

※引用 - 北海道の結婚式で会費制にご祝儀は必要?金額は?プレゼントでもいい? | 誰かに話したくなる知恵袋

北海道では披露宴(おそらく、食事)にかかる金銭の支払いのみで良いらしい。別途、祝儀やプレゼントを渡すのも可能で、どうしても渡したいという気持ちがある人は渡せばいいだろう。正直行きたくない人も多少なりいるのだから、北海道のやり方の方が納得できるひとが多いはずだ。

なぜ私が「結婚式」を嫌いになったのか

Broken heart

単純に三万円を払いたくないという気持ちが多いのだが、私が結婚式というモノを嫌いになったのには他にも理由がある。

結婚式というのは建前上のもので、実際には意味はない。結婚するのに必要なのは婚姻届であって、それは市役所で提出するものだ。つまり結婚式を行う・行わないに関係なく、結婚(婚姻)は可能だという事。

では何故結婚式を皆が行うのか。

家族(親)に見てもらうため、友人に祝ってもらいたいといった、「自分の人生の門出を祝ってもらいたい」人が多いと思う。中には「皆んながやるからやるモノ」だと思っている人や、「親に頼まれた」人もいるかも知れないが、殆どの人はやりたくてやっているだろう。

そんな「自分達がやりたくてやった結婚式」に祝儀を支払ってあげる意味もわからないが、黒字化を目指している人もいるらしい。実際に身の回りにいたわけでは無いが、そういった人間はクズだと思うし、そういった人種がいるといった事を知っただけで結婚式に嫌悪感が出てしまう。

その上、結婚式を挙げたのに離婚する人達も、いるという事だ。「神に誓う」のに離婚する人が後を絶たない今日、結婚式の必要性は皆無では無いのだろうか。

結婚式に参加するということ

Wedding

冒頭に戻るが姉が結婚をする。

ここまで綴っておいて掌返しをするが、実は「面倒臭い」と思いつつ、「楽しみ」である。それは結婚する人が身内であり、尊敬する姉だという事だ。

ここで思うのは結婚式というのは一つの「秤」なのかも知れない。結婚式に誘われて、「良い」と思えるのはその人のことを大切にしていた証で、「嫌」と思ったならその人の事はどうでも良い、又は嫌いなのでは無いだろうか。

純粋に人を祝う気持ちも大事だが、誘う側の人選も大事だ。本当に祝って欲しいのならば、数合わせでは無く、祝ってくれる人を選ぶのが大事だと思う。招待リスト作成には、じっくりと考えて頂きたいものだ。